先史から時を刻む谷
今から二千年ほど前の弥生時代、五岳山が なす二つの谷の流れを集める弘田川沿い に、吉野ケ里遺跡に匹敵するほどの大集落 がありました(旧練兵場遺跡)。集落は古 墳時代の前半まで続き、 その後築造されるようになった古墳は、主に五岳山の南側の谷から大麻山麓に集中し ます。ここは、当地の歴代の首長墓(多くは前方後円墳)が造られた聖なる谷だったようです。
仏教が 6 世紀の半ばに日本に伝わると、 7世紀後半頃には仲村寺廃寺が建立されま した。古墳の築造は仏教の普及とともに衰 微しますが、その後なぜか主な寺院は五岳 山の北側の谷に造られ、もう一つの聖なる 谷になりました。幼少の空海の伝説もこの 谷に残ります。
こうして、先史より時を刻んだ善通寺市は、空海が誕生する(774 年)頃には地方 の主要都市に成長していました。